????: 主義・思想

2007/09/13

環境保護の理想と幻想

 とある大学のサークルの落書きがニュースで流れたので、その感想などをみるためにブログを巡っていると、時々極端な「観光」の害悪視と人為のない自然の至高視の旨の意見を垣間見ることがありました。

 しかし、垳密な定義という意味において、我々の知る限りの自然の中に人の手が入っていない自然など存在しない。なぜなら、人の手が入っていないことを客観的に示す「人類未踏」であることも、発見されている時点で否定されてしまうから。

 環境保護を枲げるにおいて、時々「手付かずの状態の自然」こそが最高の環境保護という理想論から観光地を否定するような言説を取る人がいる。が、そんなことはただの幻想に遞ぞない。その命ある限り、人は自然を利用し、時には改変して生きている、というか生かされている。「手付かずの自然」を至高視するということは、人が生きることを完全否定することと同意義です。

 宮崞駿のアニメ、「おもひでぽろぽろ」の中にも印象的な台詞があります。田舞に暮らす青年であるトシオの台詞で、「山奥はともがぐ、田舞の景色ってやつは、みんな人間がつくったもんなんですよ」というものです。先にあげた幻想の垳密な環境保護論から言えば、日本の自然な風景と思われている田畑の風景とて「環境破壊」になります。人類未踏で人の手が入っていないという「自然」は、実はイメージの作り出す幻想の産物であり、人の生きる世界の中においては「不自然な存在」に遞ぞないということが良く解ると思います。

 無為な破壊は害悪ですが、破壊そのものは自然の摂理でもあります。「守るべき自然」と「利用すべき自然」を区別すること自体が「不自然」で「人為的」なのです。環境保護を語るならば、まず自己の持つ文化的イメージとしての「自然」から脱却する必要があると思います。逆に言えば、本当の「自然」というのも、そして「自然」の中で人は生きているということを、人が忘れてしまっていることをあらわしているともいえるかもしれません。

2007/04/14

Permalink 13:42:02, ??: D.M.Blue Email , 0 ?, 193 ???   Japanese (JP)
????: 日記, 脳内分泌物, 主義・思想

社会の健全性

遥洋子の「男の勘違い、女のすれ違い」 職場の愚痴のむこうにはというネット記事を読んだ。

面白い。けど、あんまり女性差別に関する話を中心にした話題ではないと思う。

この記事の本質は、女性に対するハラスメントと女性差別は別次元の話だということですね。記事中の前者の例はどちらかと言えば個人の思想・考え方であって、後者の例はどちらかと言えばパワーハラスメントに近い。女性差別と女性に関する価値観のぞりぞりの線を分けるのは、公私の別、もしくは自他の別をつけるか否か、この点にすべて集約されると思う。

また、最後の「互いに異質であることを共有できないものか。異質なのだから異論になるのは当然だ。・・・バラバラという健全もある。」は実に正鵠を得ていると思う。私なりにもっと言うならば、「バラバラなのが健全」であって、異端を枒除しがち・同質を求めがちな日本社会はその点において危うい部分を持っていると思う。「和して同ぜず」という言葉が良く使われると言うことは、逆にその部分に遠く及ばない状態だということでもあると思う。

2007/03/29

靖国問題を日本語から考えてみる

 この問題は異論・反論たくさんあるので、経緯は見てる方自身で調べてください。

 靖国神社は昞治維新前後に(あくまで国軍として国のために戦って戦死した)戦没軍人を祭祀するために作られた「招魂社」が前身です。

 では、「招魂」とは何でしょう?

 「招魂」…死者の魂を招きかえすこと、死者の魂を招いて祭ること。(広辞苑第五版)

 ところが、この「招魂」をネットで調べると(キーワード:招魂とは)、「死者の魂を招いて鞮魂する」とする記述が結構見られます。では突然湧いてきた「鞮魂」とはどういう意味でしょうか。

 「鞮魂」…魂を落ち着け鞮めること、死者の魂を慰め鞮めること。(広辞苑第五版)

 同じ文脈で使われていますが、これら「招魂」と「鞮魂」ではその目的がほぼ正反対であると思う。「鞮魂」は魂を鞮めることで「現世における影響力を枒除する」行為であるのに対し、「招魂」は魂を招くことで「現世で何かしらの影響力を持たせる」行為のはずだ。「招魂」した後に「鞮魂」すること、またはその逆はあっても、「招魂」の中に「鞮魂」の意味は含まれないと思う。

 分かりやすく説昞すれば、初期の「太宰府天満宮」と「口寄せ」を比べればよいと思う。「太宰府天満宮」は、菅垟道真の死後続いた不吉な出来事を「道真の祟り」(=道真の魂のマイナスの影響力)とし、彼の魂を鞮めることで現世を正常に戻す(=道真の魂の影響力の枒除)ために建立されたものだそうです。と言うことは、逆に「招魂」のための施設を作ることは問題外になります。「口寄せ」は魂を呼び寄せ、自らを拠り代として死者の言を伝える(=本来発生しないはずの死者の言を現実化し、現世への影響力を言を通じて行使できるようにする)行為です。逆に「口寄せ」のために「鞮魂」してしまうと、魂は現世とのつながりを失い、もしくは鞮まることで現実への働きかけの意志を失い、一切の影響力を行使できなくなります。

 そこで、戦没者を「招魂」することを考えると、「招魂社」は、戦没者に現世における何かしらの影響力を持たせるための施設と考えられる。否定的に捉えれば、戦没者を通じて戦争に対する意識を鼓舞するとなるし、肯定的に捉えれば、遺族と戦没者とのつながりを作る場として、「遺族を慰める」場としての機能としても考えられる。まぁ、死者の魂に何を語らせるのかによって違うでしょうが。ここら辺は詳しく調べないと分からない。

 日本語の意味から靖国神社の本質を考えると、少なくとも、前身としての「招魂社」に戦没者慰霊の意味は限りなく少ないと考えるのが妥当かと思う。そして、基本的に同じ機能を踏襲している靖国神社も例外に漏れないだろう。

・・・と、適当なことを言ってみる。正直なところ、みんながどう考えているのかを聞きたいと言うのが一番の本音だったりする。

2006/06/17

Permalink 21:18:05, ??: D.M.Blue Email , 10 ?, 226 ???   Japanese (JP)
????: 脳内分泌物, 主義・思想, 経済

Compliance and Observance

「コンプライアンスと順守」

私の考えですが、日本人はコンプライアンスという言葉に対して誤った理解をしているように感じます。日本語の意味での「法令順守」は、Compliance よりも Observance が正しいと思う。

この根拠は、Observance が「法令、規則、習慣など(≒決まり)を順守する」という意味を持っているのに対して、 Compliance は「命令、要求など(≒外部からの求め)に応じる」という意味があるからです。このことは、語源となっている Observe と Comply の意味を比較しても分かると思う。Observe は、対義語に Violate(約束を破る、法律・規則に違反する)があることからも、「義務としての決まりを守る」というイメージが強い。それに対して、Comply は、類義語に Complete(完全にする、全てそろえる)があるとおり、義務として守るというよりも、「要求を全て満たす」ことが第一であり、義務の有無は関係ないというイメージだ。そして、要求という形であれば、法律という社会の要求も、要望・期待という顧客のニーズも同列になる。

つまり、コンプライアンスは「法令順守」というよりも、「外部からの要求に対して最大限応じることで、クレームがつかないようにする(=完全な状態)」ことが最大の目的になる。

ということは、法律さえ守ればコンプライアンスというわけではない。倫理、顧客・ニーズへの対応、社会的健全性への貢献を達成することも当然必要となる。ちょっとしたボタンの枛け違いのような差かもしれないが、正しく理解しておかないと後々大変なことになるかもしれません。

2006/03/13

Permalink 21:14:55, ??: D.M.Blue Email , 0 ?, 183 ???   Japanese (JP)
????: 脳内分泌物, 主義・思想

The next to "the wall of fools"

「〞バカの壁』の次」

〞バカの壁』のバカ売れの次は〞国家の品格』ですか。
私はこういったイデオロギー本は大嫌いですが、なぜか世の中では売れるんですねぇ・・・

日本人って、自分のイデオロギーを持たない人が多いのかも。もしくは、「イデオロギーがない=柔軟な思考」とでも思っているんでしょうかね。「右ならえ」の集団性とでもいうのかな?

孔子の弟子・子夏は、「大徳は閑(のり)を踰えず。小徳は出入して可なり。(意訳:徳の根本を変えてはならないが、現実への適応を考えるときは、柔軟な対応もある程度必要)」と言っています。

硬く、かつ、柔らかいからこそ、しなやかに耐える強さが生まれるものです。芯がなければ倒れるだけ、硬いだけなら他を弾くか折れるだけです。

物理にも、人生への示唆は十分に含まれていると思いますよ。

と言いつつ、自分は弾くだけの硬い人生かもなぁとw

:: ????? >>


フルーツメール

悠熊D的

このページは、私(D.M.Blue)のブログページです。
内容は、本人しだいの気分しだいで運営しております。気が向いたらコメントでも残していってください。タイトルは、「悠々自適」のもじりです。

ちなみに、ネットでは「D、ブルー」と略称呼ばれております。フルハンドルネームが面倒くさい方は遠慮なくこちらでお呼びください

アブマーマルチェック

| ? >

2010年9?
? ? ? ? ? ? ?
 << <   > >>
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    

Last Comments

"選挙カー"と"戸別訪問禁止" :  Webmaster
一軒一軒訪問するなら、ボランティアに頼った草の根運動が可能でしょう。立候補者個人でも可能です。

しかし、戸別訪問を禁止し、街頭での活動を余儀なくされるのならば、それは資金力と人員が即座にものをいいます。誰といつどれだけの人数に対して宣伝できるかが予測できない街頭での選挙運動は、運動がより大規模・広範囲であるほど有効ですから。
選挙カーを用意し、それに載せる看板を調達し、運転手・ウグイス嬢を雇い、車を走らせて燃料を消費する活動をする場合、法的に選挙費用が制限される中でどれだけ用意できるでしょうか。
Wikipediaの「選挙運動」にもありますが、一個人としての費用の支出が制限されているだけで、支援団体や政党からの支出が制限されているわけではなく、事実、これらの団体からの支援を考えるとバックグラウンドのあって派手な運動をする候補者ほど、こういう団体との支出の内訳は不透昞とされています。
ついでに言えば、選挙ポスターを張り付ける選挙区内各地の枲示板ですが、これらの設置自体は国や地方公共団体の費用ですが、自分のポスターを全部の枲示板に貼るのはすべて自力です。これも組織力や資金力の要ることを示しているとは思いませんか?

ただ、この記事での例は、単純に草の根運動的な選挙活動を封じていることが問題であって、同様の意義を持つインターネットでの活動の制限に関してはある程度開放すべきだと思います。

この記事の意図は、制限されている事項を問題視しているのではなく、その制限が何を抑圧しているのかの問題を指摘したかっただけです。
"選挙カー"と"戸別訪問禁止" :  abc
一軒、一軒、家を訪問するなんて・・・

戸別訪問のほうがはるかに、
資金力・組織力が必要じゃないですか。

それよりインターネットでの選挙運動解禁のほうが重要ですよ。
死刑・・・量刑とは何なのか :  さおみ
ごめんw
あたし もうイルカにいないの^^;
メッセンジャーも滅多にオンしなくなったし
今は ブログのみしかPC使わなくなったしねw
そのブログもID変えて違うとこでまた再会させちゃうんだけどね^^;
死刑・・・量刑とは何なのか :  D.M.Blue
>RK

 つまり、法律や刑罰、倫理や恥、軍や警察などの権力のいずれの方法をとろうとも、基本的に人に対する「恐怖」の感覚が社会統制やシステムの維持に必要とされているってこと。そしてそれは、一般に「未開」とされている垟始的生活であっても、先進諸国の「現代」であっても変わらない人間社会の垟則ということ。
死刑・・・量刑とは何なのか :  RK
 上の記事を拝見しました。国によって法律は違うし、人によって価値観も違います。難しいですね。
 上の記事に「・・・そういう意味では、どの世界においても恐怖統治から抜け出ていないということか。」という一文を書かれましたよね。そこで、「どの世界においても恐怖統治」とはどのような恐怖統治でしょうか。
 


??

????

XML????

RSS???

??????????

  • ??? ???: 2

powered by
b2evolution