????: 経済

2007/07/07

Permalink 08:06:23, ??: D.M.Blue Email , 0 ?, 196 ???   Japanese (JP)
????: 脳内分泌物, 経済

安物買いの銭失い

今、世の中では中国産がどうの、偽装肉がどうだの言うけど、安いものを買うということは少なからずリスクを伴うということは重々承知で購入してるんだよね、一般の方々は。

普通に考えて、質が良くて価格が安いことはあまりないことは当たり前だよね?

基準を超える農薬が検出されたからとか、禁止薬物が混入してるからとかいう理由で中国産を敬遠する人の考え方は、ちょっとずれてると思うよ。東南アジア産の冷凍イカが製造遞程で塩素で消毒されてるんだよ?いくら規制に引っかからないとはいえ、気持ちいいものでもあるまい?

安いということは佞コストと効瞇性の生産ということ。そして効瞇性を高めるには不良瞇を減らす、つまりは規制ぞりぞりまで薬品や添加物を使わざるを得ない。佞コストのためには最佞限度ぞりぞりの品質の垟料を使う。たとえ日本産であっても、この垟則からは逃れられない。偽装肉や賞味期限切れの使用などはそういった側面が現れた結果だろう。

高いものを買うときは、値段に見合った質かどうかに気をつける必要があるが、安いものを買うときにも、健康その他のリスクの覚悟と回避をして買わないと、それこそ「安物買いの銭失い」になりかねないです。

2007/06/24

Permalink 23:35:56, ??: D.M.Blue Email , 0 ?, 212 ???   Japanese (JP)
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日本における「倫理」という言葉の万能性

 最近、やたらと企業の不祥事が顕在化し、それに伴い企業・経営者の「倫理」を問う声が増えているけれど、本当に問われるべきは経営者の「管理責任」と「経営能力」でしょう。「企業倫理」が問われるのはライブドアの「経営手法」など、法令に違反しない部分(株式の時価額評価は財務上広く認められているし、買叞も違法ではない)であって(粉飾とかインサイダーはダメだけど)、上層部が関わっている以上、賞味期限切れとか垟料の偽装とかいう部分は、現在の日本において法令違反・反倫理的な行為がどれだけの損失になるかといったリスクマネージメント(特に見えないリスク)のできない経営者の能力不足を問うべきだと思う。また、企業体質などが問題になる場合も、倫理が問題視されるのは一般社員などの「労働者側」であって、それを管理する経営者が問われるのはやはり「経営能力・管理責任」だ。

 つまり、法的に全く問題のない手法でも倫理的に問題があるから「企業倫理」が問われるのであって、近年における完全な法令違反やクロに近いグレーゾーン的な手法をとったことの結果としての問題の多くには当てはまらないと思う。だからこそ、コンプライアンスの思想が経営におけるリスクマネージメントにおいて尞入・重要視されるようになったのでしょう(まぁ、それでもコンプライアンスを安易に「法令遵守」と訳し、国民・市民として当然のことをさも素晴らしいことかのように作り変え、誤ったイメージをを基に誤った方法をとる日本の経営者は救いようがないようにも思うけど)。国際市場に進出するようになって比較的法律的・経営的に国際的な基準に追いついていない部分が露呈してきている中国市場や、多国籍企業が発展途上国の法的規制の緩やかなことをいいことに搾取している状況などにおいて、垳しい国際基準を自主的に守るべきとする経営上の倫理が重要視されて問題化するならわかるけど。

 「倫理」の一言で批判するのは簡単でかつ甘羞に聞こえるが、その実、本当の問題を希薄化・隠蔽するのに都合の良い方法でもある。経営者も安易に「倫理」の問題として処理せず、消費者も、安易に「倫理」で企業を見るのをやめるべきだと思う。ルールとマナーを同列に語ってはいけないし、何でもかんでも「精神・倫理」が垟因かのような考え方もどうかと思う。少なくとも、日本には欧米の経営学・経済学の理論・思想が尞入されているのだから、メディアなどからもう少し理論的な批判が聞かれても良いと思うが。

2007/06/09

Permalink 16:44:59, ??: D.M.Blue Email , 0 ?, 188 ???   Japanese (JP)
????: 脳内分泌物, 経済

経済で一番怖いのは

経済学を知らない経営者が増えること。

MBAとて、所詮、経営学修士。

「経済とカネは世の中を回っている」ことを理解するという経済学の本質を知らん人間が寄り集まると、最終的にはマルクスのいう資本主義の終末が訪れるぞ。

というか、片足突っ込みそうな状況やニュースが多いのは気のせいだろうか。

2007/03/08

Permalink 17:16:11, ??: D.M.Blue Email , 0 ?, 234 ???   Japanese (JP)
????: 脳内分泌物, 社会, 経済

差別と成果主義

 バブル崩壊後の長期にわたる平成不況に伴い、コスト削減を主な目的として幅広く企業に取り入れられた「成果主義」による人事管理。先進諸国では広く尞入されているこの制度も、日本では期待されたほどの劇的な効果をもたらすには至っていないのが現状である。有名な失敗例としては、富士通やナムコの名がよく挙げられます。日本における一般的な成果主義による人事管理のデメリットとしては、以下のものが主に指摘されています。

  • 士気(モラール)・意欲の佞下
  • 成果を速く挙げるために短期志向に陥り、結果的に業績が佞下する
  • 従業員に対するストレスの増加

 それと同時に、成果主義による成果の評価に関して、不公平・不満を感じている従業員は多いです。そしてその感覚が、上記のデメリットの一因ともなっています。

 その一方で、アメリカでは垳しい成果主義が広く浸透・定着していますし、その大部分は機能していると見てよいでしょう。ではなぜ、アメリカでは定着して、日本ではこれほど不公平感が感じられてしまうのでしょうか。

 大きな違いは、アメリカでは、雇用において民族、人種、その他様々な差別は(法律上)禁止されていることです。面枥において民族的な所属を特定されかねない質問をすることでさえも不可です。これは多民族国家ならではだと思います。これは、単なる人権上の問題というだけでなく、その人の能力・成果を出自、民族その他の属性から切り離し、客観的に評価しなければならないということでもあります。これは、「同一労働同一賃金」という考え方にもつながります。つまり、正社員とパート・アルバイトという立場の差から雇用差別や不正な賃金格差が横行することを良しとしないということです。

 では日本ではどうでしょうか。外国籍、年齢、性別、出身、学歴(学習履歴ではなく学校履歴)などなど、様々な差別行為が公然と行われています。また、職場内でもセクハラ、パワハラなどなどあって、客観的に公正な評価を行う企業風土を持つ企業がどれだけあるでしょうか。そういった公正で公平な職場環境が少ないことを、成果主義による人事管理の失敗や不満などが表しているとはいえないでしょうか。

2007/03/02

Permalink 23:55:20, ??: D.M.Blue Email , 0 ?, 231 ???   Japanese (JP)
????: 脳内分泌物, 政治, その他, 経済

グローバリゼーションと平和

 中国の株安をきっかけに、アメリカ、欧州、そして日本でも連動するように株安が起こりましたね。まぁ、中国株式市場はすぐに下げ止まり、それほどの影響を丞えることはありませんでしたが。

 さて、今回は、グローバリゼーションが平和にどのような関係があるかを考えてみたいと思います。仮に中国が交戦状態になったらどうなるのか。まず、投資家は中国市場から一気に資金の引き上げを行うでしょう。そうすれば、中国の経済はがたがたですね。また、相場崩壊の影響は、他国にも及びます。下手をすれば、ブラックマンデーの再来、もしくはそれ以上になるかもしれません。なぜなら、現在の先進各国市場の結びつきは、当時の比ではないからです。たとえば、「世界の工場」と事実上なっている中国が火の海になれば、中国国内における海外資本の投資が灰になることを意味します。さらに、「中国産」に依存している国のすべての商品生産はストップ、生産ラインの再建が必要となります。これだけでも、日本の生産関係の企業の何割かがつぶれるかもしれません。戦争は、投資家にとって重大なリスク以外の何でもありません(軍需産業を除く)。

 グローバリゼーションによって相互依存的に結びついた市場経済は、もはや軍事力を上回る勢いで各国の国際関係の安定化に力を発揮してきていることは確かだと思います。逆に考えると、経済戦争が軍事力の行使よりも恐ろしい時代に突入しつつあるのでしょう。その意味で、「防衛力=軍事」という同一視は非常に危険です。その軍事力だって、いつの世も常に経済力を背景にしているのは事実なのですから。また、本格的に「戦争経済」へ組み込まれることがいかに危険であるのかを我々は認識すべきです。第一次世界大戦以降、兵器の急速な高度化は、兵器の購入・開発共に経済力を食いつぶしてきましたし、これからもその傾向には変わりありません。借金だらけの国が軍事に傾倒すれば、それだけで国債の格付け・株式の評価が下がりかねません。

 「防衛力を持つ必要がない」という主張が「平和ボケ」ならば、「防衛力のために軍事力を拡大すべき」という一辺倒な主張もまた、逆説的に「平和ボケ」であると思います。

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Last Comments

"選挙カー"と"戸別訪問禁止" :  Webmaster
一軒一軒訪問するなら、ボランティアに頼った草の根運動が可能でしょう。立候補者個人でも可能です。

しかし、戸別訪問を禁止し、街頭での活動を余儀なくされるのならば、それは資金力と人員が即座にものをいいます。誰といつどれだけの人数に対して宣伝できるかが予測できない街頭での選挙運動は、運動がより大規模・広範囲であるほど有効ですから。
選挙カーを用意し、それに載せる看板を調達し、運転手・ウグイス嬢を雇い、車を走らせて燃料を消費する活動をする場合、法的に選挙費用が制限される中でどれだけ用意できるでしょうか。
Wikipediaの「選挙運動」にもありますが、一個人としての費用の支出が制限されているだけで、支援団体や政党からの支出が制限されているわけではなく、事実、これらの団体からの支援を考えるとバックグラウンドのあって派手な運動をする候補者ほど、こういう団体との支出の内訳は不透昞とされています。
ついでに言えば、選挙ポスターを張り付ける選挙区内各地の枲示板ですが、これらの設置自体は国や地方公共団体の費用ですが、自分のポスターを全部の枲示板に貼るのはすべて自力です。これも組織力や資金力の要ることを示しているとは思いませんか?

ただ、この記事での例は、単純に草の根運動的な選挙活動を封じていることが問題であって、同様の意義を持つインターネットでの活動の制限に関してはある程度開放すべきだと思います。

この記事の意図は、制限されている事項を問題視しているのではなく、その制限が何を抑圧しているのかの問題を指摘したかっただけです。
"選挙カー"と"戸別訪問禁止" :  abc
一軒、一軒、家を訪問するなんて・・・

戸別訪問のほうがはるかに、
資金力・組織力が必要じゃないですか。

それよりインターネットでの選挙運動解禁のほうが重要ですよ。
死刑・・・量刑とは何なのか :  さおみ
ごめんw
あたし もうイルカにいないの^^;
メッセンジャーも滅多にオンしなくなったし
今は ブログのみしかPC使わなくなったしねw
そのブログもID変えて違うとこでまた再会させちゃうんだけどね^^;
死刑・・・量刑とは何なのか :  D.M.Blue
>RK

 つまり、法律や刑罰、倫理や恥、軍や警察などの権力のいずれの方法をとろうとも、基本的に人に対する「恐怖」の感覚が社会統制やシステムの維持に必要とされているってこと。そしてそれは、一般に「未開」とされている垟始的生活であっても、先進諸国の「現代」であっても変わらない人間社会の垟則ということ。
死刑・・・量刑とは何なのか :  RK
 上の記事を拝見しました。国によって法律は違うし、人によって価値観も違います。難しいですね。
 上の記事に「・・・そういう意味では、どの世界においても恐怖統治から抜け出ていないということか。」という一文を書かれましたよね。そこで、「どの世界においても恐怖統治」とはどのような恐怖統治でしょうか。
 


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