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悠熊D的

Deep Marine Blue's Home Page


このページは、私(D.M.Blue)のブログページです。
内容は、本人しだいの気分しだいで運営しております。気が向いたらコメントでも残していってください。タイトルは、「悠々自適」のもじりです。

ちなみに、ネットでは「D、ブルー」と略称呼ばれております。フルハンドルネームが面倒くさい方は遠慮なくこちらでお呼びください

アブマーマルチェック

?????: 2007年1?


フルーツメール

2007/01/29

23:11:28 Permalink 島国根性丸出しで、アジアの現実を直視できない方々へ   Japanese (JP)

????: 日記, 0 ?

ソニーがサムスンに飲み込まれる! -サービス時代の到来と人口減少の影響(5)という記事を読んだ。

いい加減「日本はアジア経済の盟主」を気取るのはやめましょうと言いたい(「巨人は日本プロ釞球の盟主」という言葉があるぐらいだから、日本(人)は盟主がすきなのかね?)。「文化においてもっとも先進的な国」という認識も捨てましょうと言いたい。いい加減、韓国や中国などの民族性を攻撃することで、実際の国際化・先進化しているという面、こういった現実を摩り替えるかのような論議はやめてほしい。先進化と同時に大きな腐敗が存在する国政の構図は、日本だって全く変わりがない。その腐敗の矛先が国外に向いているのか、国内に向いているかの差だけだ。

正直、日本の高度経済成長~バブル期にかけて経済的に大きく発展し、築いた地位にただ居座り、いつまでも見下すことしかしない日本(人)は、大日本帝国期の日本(人)とそっくりに見える。そうやっていつまでも同じ失敗を繰り返すつもりでしょうか?

いい加減、アジアの経済や社会の現実を直視し、そして日本を基準とした文化の価値観を捨て(そもそも、日本が特殊であることのほうが多い。特殊な点が多い文化を基準として考えているようではとても論理的とはいえない。)、もう一歩踏み込んでその国の文化を理解することが必要だと思う。また、自国文化というのは、基本的にその時代にあった良き文化が残っていくものだと思うので(逆に悪しき文化は「禁忌」として残ることもあるけど)、自国文化に対してはある程度クリティカル(批判的)である必要があると思う。

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2007/01/25

02:40:14 Permalink 「知識」と「情報」と「客観的事実」   Japanese (JP)

????: 脳内分泌物, その他, 3 ?

円錐を例にとれば、

「知識」とは「円錐(えんすい)とは、円を底面として持つ錐(きり)状にとがった立体のこと。(from Japanese Wikipedia)」
「情報」とは「円錐の真横の底辺と同じ高さから見た人にとって、円錐は単なる三角形に見える。」
「客観的事実」とは「円錐は、見る角度で見え方が異なる。」

ここで考える

知識は情報たりえるか?・・・答は「いいえ」。主観による意味づけがない。

情報は客観的事実たりえるか?・・・答は「いいえ」。主観は客観と相反する。

客観的事実は知識たりえるか?・・・答は「いいえ」。分析によって性質・本質が尞き出されていない。

よくよく考えると、この三つにはこれほどの相違がある。皆さん、よく考えましょう。私も良く考えたいと思います。

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2007/01/22

02:02:18 Permalink スパムにも休日?   Japanese (JP)

????: 日記, 0 ?

そういえば、新年の前後(大体12月30日頃から新年1月3日ぐらいまで)の間、いつも外国語スパムが大量に来る、ある私のメールアドレスへのスパムメールがぱったりと止まりました。それも、多少来る程度なら分かるけど、全くのゼロというのが面白い。

不思議だ・・・・やっぱりスパムメール業者も休むのですかね・・・

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2007/01/14

11:49:00 Permalink 久しぶりに   Japanese (JP)

????: 日記, 0 ?

世界鑑測 北村豊の「中国・キタムラリポート」 私が中国に対して“辛口”なわけという記事を読んだ。

久しぶりに文化についてまともな見識を持つ人の記事をインターネットで見たような気がする。物事には善し悪しがあり、それをすべて受け入れてこそ真に理解したといえる。そして正しい認識を未来志向につなげることこそ、人類の長い営み・歴史において、先人に恥じることのない行動だろう。

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2007/01/13

00:31:01 Permalink 「非科学的」思考とは何なのか   Japanese (JP)

????: 脳内分泌物, その他, 0 ?

良くあるのは事実の列挙。
たとえば日本における外国バッシング。

・朝鮮総連が北朝鮮と通じ、スパイ活動を行っていた。その他色々な悪事も働いた。
・韓国も日本に対して協定違反やその他色々な反日的な行動を起こした。
だから朝鮮人は悪い。
その朝鮮民族系だから、在日朝鮮人も悪い。

事実は事実。それは確かにゆるぞない。しかし、その事実を安易に総体としての朝鮮人に当てはめようとすることは、論理破綻だ。仮に反証したとき、「悪い朝鮮人は悪事を働く。良い朝鮮人も悪事を働く。」となってしまう。嫌韓の限界はここで、「単に嫌いなだけなら論理は要らない。」という論理を、あたかも科学的かのように錯覚している点だ。単純に政権・政策の誤りとか、もっと客観的に検証可能な点だけについて反対行動を起こせばよいのに、それを根拠なく民族、文化にまでに広げてしまっている点が問題なのだ。

どうしても韓国・北朝鮮という国について言うなら、

「韓国・北朝鮮における様々な問題から、朝鮮民族の思想・思考と、近現代西洋文化的な思想・思考とは相容れない部分があると思われる。」とまでは言えるだろうが、「だから朝鮮系は遅れている、劣っている民族」などとは決していえない。腐敗や問題行動はどの国においても普遍的に存在する。国家・集団レベルの問題を根拠に民族的な劣等を位置づけようとすると、すべての民族が劣等民族ということになってしまう。また、そういった次元の問題を、日本で暮らす個人レベルの民族に当てはめることも適当ではない。こういった理論がまかり通れば、とっぴな例だが、「マクロ経済学的観点とミクロ経済学的観点は必ず一つに叞束する。」ことを認めても良いことになってしまう。この世の中、「科学的」に解昞できることなどほんの一握りで、特に社会科学系と呼ばれる分釞では、「一見して科学的」であることが、むしろ「非科学的」になることが多い。表層的な事実には現れない、「見えない実態」をどのように汲み取るのかが重要なのだ。見える知識だけひけらかしても、何の意味もない。

科学的思考と思しきものが蔓延している今日、客観的事実であることが科学的論証であると単純に結び付けてる人が多いのは非常に危険だ。

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2007/01/12

12:28:17 Permalink 子曰、学而不思則罔。思而不学則殆。   Japanese (JP)

????: 日記, 0 ?

論語ですね。
ものすごく噛み砕いて訳すると、「知識の叞集ばかりで思索をしない人は情報を得られない。思索ばかりで知識の叞集をしない人は独善的だ。」ということです。

人の話を聞くと、知識は良く知ってるけれど、ただの事実の列挙にとどまり、そこから因果関係、事実関係などの精査を行わず、表面だけはまともだけど論理構成はずたずたな主張をする人が多い。これについては、 以前の記事「嫌韓流」関連 でも指摘している。逆に自分は、大学に入る以前は思索ばかりで、知識の吸叞はおろそかだったことを改めて思い知らされた。大学でよい先生達の講義、または会話を通じ、知識と思索の両立が必要だと痛感した。やっと、論語の「子曰、学而不思則罔。学而不思則殆。」の意味を真の意味で理解したと思う。

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2007/01/10

18:46:11 Permalink 「羞談と称される行いが、必ずしも正しいとは限らない」   Japanese (JP)

????: 藍く、暗い深海の底で, 0 ?

難病にかかっている人と難病について紹介するような内容のテレビ番組を見ました。

遺伝性のある同じ難病を抱える男女が結婚し、その子供もその難病にかかる。確かに、難病と戦ってきた夫婦と難病にこれから正面から向き合おうとする子どもの姿は羞しいかもしれない。

しかし、わたしの心の片隅で、「では、同じ難病になる可能性が高いと分かっているにもかかわらず、子どもを生むことは、本当に子どもにとって良かったのだろうか?」という疑問だ。自分の権利?それは結構だが、子どもに多大な負担をかけるとわかっている権利を行使することが本当に人間として正しいのだろうか?おそらく、この正しい答は誰にも出せないだろうが、それでも、私は問わずにはいられない。

生むならば、難病が難病でなくなる、更に進めば、難病の根本的な因子をすべて取り除く必要がある。だが、そこまでできれば、もはや神の領域、生命操作の世界に踏み込むことになるだろう。そこまでいくと、子どもを「生む」ことの価値は薄れてしまう。すべての「生」が全うされ、「死」との相対価値としての「生の喜び」が失われてしまう。

生まなければ親の幸福が、生めば子どもの生が、両者の幸福を実現すれば人間の生が犠牲になる。どれだけ科学が進もうとも、人は常に相克の闇へと引き込まれ続ける。

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