靖国神社が参拝するに値しない理由

おおよそ、こちらの記事が私の言いたいことの大半を言ってるので見て頂ければ嬉しいです。

正確には、A級戦犯合祀云々は中韓が突っかかってくるから目立つだけで、靖国神社が戦没者慰霊施設に値するかどうかを考える際にはどうでもいい形式的かつ些末な話なのです。

靖国神社、ひいては前身の招魂社とは、

  1. 戦没者を利用して現世に影響を与える(戦争参加を促すための)『招魂』のための施設であって、鎮魂のための施設ではない。
  2. 靖国神社や招魂社の合祀対象からしても全くの純粋な戦没者慰霊施設ではない。あえて言葉を悪くして言えば、『戦争への献身を助長する性質の施設の為、戦争をするにおいて(特に為政者側に)不都合な敗者・民間犠牲者などを意図的に除外していると指摘されても仕方がない』。
  3. 今でこそ神社を名乗っているが、そもそも国家神道と日本古来の日本神道は全くの別物であり、神武天皇から続く天皇ゆかりでかつ歴史的にも圧倒的優位の日本神道を無視し、政教分離原則の特定の宗教を推さないというルールすら無視してまで一宗教法人で国家神道の施設である靖国神社に、天皇と国と家族の為に命を懸けた戦没者を都合で選別し、畏敬の念無き合祀をゆるし、あまつさえ靖国神社があたかも戦没者慰霊施設として最適かのような言動を取ること自体が天皇と天皇ゆかりの神道に対する侮辱行為である。

歴史的に見ても現実的に見ても、戦没者が合祀されているから靖国神社は参拝するに足る、合祀に適切な施設という、全くの本末転倒な論理が展開されているのが現状です。戦没者に対して敬意を表するのは国民として当然だが、それと靖国が適切かどうかは全くの別問題でしょう。

そしてよりにもよって右翼系の人が靖国を礼賛というわけのわからない状態なのはどうにかならないだろうか。天皇や天皇の為に死んだ戦没者を賛美したいのか侮辱したいのかはっきりしてほしい。自己のアイデンティティー保守の為に、本来慰霊したり賛美したりする対象をないがしろにしてよい理屈などないでしょう。

形より気持ちというなら、終戦の日に近い新盆に家族の墓なりお骨なりに手を合わせつつ、今の日本や自分の生活を作ってくれた先祖の霊や戦没者に思いを馳せて鎮魂を祈るほうがよっぽど愛国的だと思います。

靖国神社が参拝するに値しない理由” への7件のコメント

  1. 参拝するに値しない理由もなにも、宗教の始まりはそんなもの。
    あと2000年もたてばキリスト教並の重みをもった宗教となるであろう。

    • コメント、ありがとうございます。m(_ _)m
      個人的趣味で自己満足で些末なブログにわざわざお目通しいただいて恐縮至極です。

      まぁ、2000年も経てば重みのある宗教にもなるというのはその通りですが、天皇ゆかりの神道もその頃には5000年弱の歴史を持つ、倍以上の重みのある宗教として存在しているわけで。
      あと、個人的には靖国参拝の戦没者慰霊施設としての価値と靖国神社の宗教性の関係云々は二の次ですね。特に右翼の人に見られる、天皇の為に戦った戦没者を敬う割に、天皇と深い関係にある神道は敬わず、ボクの信じる国家神道を敬うという意味不明で不敬な論理が問題だと思います。
      右翼なり保守なり、またその逆の左翼・革新でもそうなんですけど、明治維新や第二次世界大戦の敗戦など様々な動乱を通じ屋台骨としての思想の論理性が結構ずたずたになっているにもかかわらず、それに気付かず、また意図的に無視して、自己保守的な論理が思想化して跳梁跋扈してるのが問題だと思います。
      そういう意味では、本当に歴史を注視している人間って、自分を含めてあんまりいないのだと思う今日この頃です。

  2. 明治政府が政権奪取の為に作った新興宗教の天皇教の信者の共同墓地です。どんな宗教を信じてもいいでしょう。強制はいけません。
    日本古来の日本神道とは明らかに異なります。明治の下克上の創り出した天皇教、国家神道、教祖は
    天皇
    イスラムの原理主義と同じです、自爆テロは神風特攻隊です
    冷静に考えればあきらかです。
    宗教の政治利用はやめましょう

    • 遅くなりましたが、コメントありがとうございます。
      イスラム原理主義との比較はその方面に明るくないのでわかりませんが、墓地ですらない民間施設の行動を国家権力でお墨付きを与えるような行動はまずいと思います。

      日本国憲法の下、法治国家として再出発したにもかかわらず大事な部分の論理・論点整理を怠ってきたツケはそろそろめぐってくる頃かもしれませんね。

  3. そもそも政府関係者が公人として参拝することは憲法違反。靖国は宗教法人です。
    また軍人および軍属のみと云うのも解せない。戦時中は一億玉砕などと言っておきながら民間人は蚊帳の外。どういうことだ。国のために戦ったのは軍人だけではない。
    どうしても慰霊のためというなら千鳥ヶ淵に参拝すれば済む話だ。

    • 遅くなりましたが、コメントありがとうございます。

      前置きとして、国家が宗教にかかわることが政教分離に一律に反するとは言えないという事情はあります。国家と宗教と文化は世界的に見ても不可分の域があり、文化的側面のある宗教儀式等はある程度許容されることも事実です(例:日本の公共工事前の地鎮祭やアメリカの裁判所での聖書を使った宣誓)。

      ただ、これをかんがみても、安倍首相が首相の肩書でいくのはまずいですね。

  4. ピンバック: 安倍首相の突然の靖国参拝 | 悠熊D的

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