日本のセンター試験の現代文

論理的思考があれば解けるとか言う人も多いけど、あの問題で本当に問われているのは・・・

出題者によって提示されたある一つの絶対ルールを、それが真に正しいかどうかを問うことなく忠実に履行できるかどうかが問われていると思いますよ。

良く言われる現代文の解答法:出題に沿って原典に書かれている言葉を客観的に把握し、最も間違いのない選択肢を選ぶ消去法

まぁ、表面的には論理的に見えますね。
出題に書かれる『最も適切な・適切でないもの』を選ぶ、その『適切』とはどういう意味?

てきせつ【適切】
( 名 ・形動 ) [文] ナリ
ぴったりと当てはまること。ふさわしいこと。また,そのさま。 「 -に表現する」 「 -な指導」 (大辞林 第三版)

本当に論理的な人はすぐに私が言ってることが予測できると思いますが、『5つある選択肢のうち、他の4つが不適切だからと言って、最後の一つが適切かどうかはわからない』です。それが適切かどうかは正解とされる選択肢が『適切であることを論理的に証明できるだけの根拠』があって初めて成立することです。

だから、消去法で回答が決まることだけでは全くもって論理的ではない思考です。
そこにあるのは、『選択肢の適切さの度合いに関わらず、出題者によって必ず決められた数だけの正解と設定されている設問がある』という絶対ルールのみです。センター現代文の簡易的な攻略法として出題者の意図を理解するという教え方がある程度通用するのもこの絶対ルールの存在故ではないかと推察されます。

他方、英語の読解の選択肢問題でこの手の悪問はまず出ません。正解は必ず、言語表現的に正しく、論理的に正しく、状況的に正しく、常識的にも正しい回答になってます。正しく英語を言語として理解できていれば曖昧な迷う選択肢はありません。

センター試験の現代文の攻略のカギは、先の絶対ルールを大前提にして、さらに消去法をベースにパターン化された思考法(≠論理的思考)で解釈することができる人がより解ける問題であるということを理解することではないかと思います。
考えるな、従えって問題なので、その本質は実は論理性の枠外にあったりします。

もっと話を広げれば、こういう思考法の選抜を経た人間が集まる日本という集団が、マニュアルを好み、マニュアル通りにしか動けず、明確な正解のない事態、規則外の事態などへの対処能力に劣りがちってのも自明かなぁと。

世の中には、提示された選択肢がどれも適切ではないってことは腐るほどあふれてます。

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