清貧についての誤解

清貧とは、貧しい人が清く正しく慎ましく生きるという意味ではありません。

正しい意味は、『清く正しい行い・生活を送った結果、組織や世間に疎んじられて生活が困窮する状態』のことです。

要するに、不正義に与しない、不正を退ける、正しいことを正しいと諫言する志を持った人がそれを実行した結果、出世できない、辞職させられる、他人の助けを得られないなどで貧しい生活を強いられた人に対する言葉です。

とどのつまり、生活保護受給者に言われるような慎ましく清貧に生きろ的な言い草は的外れも良いところで、そもそも他人に貧しく生きることを言い渡す言葉ではなく、自分で実行して結果として収入を失っても正義を貫いた人という話ですので。
最近お騒がせの某大臣のような『巧言令色鮮し仁』の真逆、『剛毅朴訥仁に近し』のような人が正義を貫いて不器用にも為政者や上司から疎んじられて地位や収入を落としていった人に対する、その志の高い人を『貧すれば鈍す』の市井の貧民と一線を画す存在であることを表す言葉です。

少なくとも、極めて一部の不正受給者や、自分より下の弱者優遇が気に入らない羨ましいだけの自分のお気持ちという根拠にもならないことを吹聴し、圧倒的大多数の受け取る資格のある生活保護を叩くような人、弱きを挫き強きを助くような人が口にするのも烏滸がましい言葉ということです、清貧という言葉は。
そういう人は、収入があってもなくても清貧の足元にすら及ばないわけですので、清貧云々以前の問題外ということです。

どうぞ、他人に言う前に、清貧の志をご自身で実行してから口にしましょう。

ところでちょっとググってみると、どうもNHKの「おしん」が誤ったイメージに大きく貢献しているようですね。

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